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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)46号 判決 1997年10月17日

名古屋市瑞穂区松栄町一丁目一二番地

上告人

バイオハザード対策研究会有限会社

右代表者代表取締役

天下達也

右訴訟代理人弁理士

後藤憲秋

吉田吏規夫

長野県伊那市大字西箕輪字上垣外八〇四七番地ロ

被上告人

株式会社イナリサーチ

右代表者代表取締役

中川博司

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第二五九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一一月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人後藤憲秋、同吉田吏規夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第四六号 上告人 バイオハザード対策研究会有限会社)

上告代理人後藤憲秋、同吉田吏規夫の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるばかりでなく、その理由自体が明らかに合理性を欠き(非科学的であり)、判決に実質的な理由が付されず、あるいは理由不備の違法性を有するものであるから、破棄を免れないものである。

第一 原判決に対する不服点

一、原判決の進歩性(特許法第二九条第二項)の判断

(一)原判決は、本件発明の進歩性について、原判決二七ページ三行目から二八ページ二行目で、次のように判断している。(なお、以下の記述において原判決引用部分は二重かっこ(『』)を付す。傍線は上告人)

(イ)本件発明の構成要件である「扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与すること」は、

(ロ)引用例1(甲第3号証)より『引用例発明1が備えまた従来周知技術であるところの、ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する二室間の気流の制御方法において、』

(ハ)『その余剰空気の量を、引用例2(甲第4号証)で示された中性帯で定義し、逆流が生じない十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する、すなわち「該中性帯が扉部開口部端部に移動させるに十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する」と定義したものにすぎず』、

(ニ)『当業者が格別困難性を要する事項ではな』く(審決の判断は正当である)、

(ホ)また、『扉部開放時において、当該扉部において生ずる気流の逆転現象(逆流)を完全に防止できるという本件発明の効果は、引用例発明1に引用例発明2を適用して得られる構成においても当然に生ずる効果であると認められる。』

(二)原判決は、右のように、引用例1(甲第3号証)の記載より、『ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する』、つまり『逆流が生じない十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する』という『二室間の気流の制御方法』が引用例発明1に備えられまた従来周知技術であることを認定し、これを前提として、本件発明は、その『余剰空気の量を、引用例2(甲第4号証)で示された中性帯で定義したものにすぎ』ないとして、本件発明の進歩性を否定したものである。

二、原判決の進歩性判断の誤り

しかしながら、右『ドアの開放時において汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する』、つまり『逆流が生じない十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する』という『二室間の気流の制御方法』が引用例発明1に備えられまた従来周知技術であるとした原判決の判断は、引用例1の明らかな誤解または曲解によるもので、事実(引用例1の記載事項)に基づかない、かつ技術常識を無視した、非科学的で、支離滅裂な判断であって、その結果、特許法第二九条第二項(進歩性)の解釈、適用を誤ったものである。

以下、詳細な理由を述べる。

第二 引用例発明1の技術内容について

〔本項の要旨:

原判決は、引用例1(甲第3号証)に記載された引用例発明1(および周知技術)の技術内容の認定判断を誤ったものである。

引用例発明1(および周知技術)の技術内容とは、「ドア開放時においても汚染空気の侵入を防ぐために相当量(一般には500m3/hといわれている)の余剰空気を付与する」ということであって、「ドア開放時においても逆流を防止するに十分な余剰空気を付与する」ということではない。〕

一、引用例1の記載

原判決は引用例発明1の技術内容に関連して、まず、引用例1の記載について、次のように認定している。(争いがない。)

引用例1の記載(原判決二一頁五行~下から二行)

<1> 『引用例1に、審決認定のとおり、「バイオクリーンルームにおいては室内の清浄度を保持するためにも室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要である。・・・またドアの開放時にも汚染空気の侵入を防ぐ必要があり、このためには、相当量の余剰空気が必要となる。一般にはバイオクリーンルームの室内加圧のために要する余剰空気は、500m3/hといわれる。」(審決書7頁4~11行)との記載があることは、当事者間に争いがない。』

<2> 『また、引用例1(甲第3号証)には、「病院は複雑、多岐にわたる機能を持っていて、建物内部に汚染発生源を多く持ち、一方では同じ建物の中に高清浄度を要求される区域を持っているので、空調、換気計画を行うにあたっては建物内の圧力バランスを十分考え、汚染源からの空気が清浄域に逆流しないように注意しなければならない。(同号証43頁左欄6~12行)と記載されている。』

二、引用例1の記載内容

(一)前記<1>項について

前記引用例1の<1>の項に記載されている技術内容とは、次の各事項である。(甲第3号証46頁右欄3~13行。なお、この項の見出しは「6.病院各室の圧力制御」のうち「6-1 バイオクリーンルーム等正圧制御室」である。)

a. 「バイオクリーンルームにおいては室内の清浄度を保持するために室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要である」こと。

これは一般に「正圧制御」といわれるもので(なお「正圧」と「陽圧」とは同義)、二室の境界面に設けた差圧調整器(差圧ダンパ等)を介して空気の流れ(気流)をバイオクリーンルーム(正圧側)から隣室(負圧側または低圧側)へ一方向に制御することを言う。差圧の値(単位・mmAq=ミリアクア)は差圧調整器の抵抗によって調整される。従って、この正圧制御は「ドア閉鎖時」における制御のことを意味する。なお、本件特許公報(甲第2号証)の「従来の技術」および「発明が解決しようとする課題」の項参照。

b. 「ドアの開放時にも汚染空気の侵入を防ぐ必要があ」ること。

前項aのように「正圧制御」は「ドア閉鎖時」における制御であるが、この正圧制御した場合においても、「ドアの開放時」には該ドア部において汚染空気が侵入するおそれがあるので、これを防ぐ必要がある、という課題が提示されている。なお、本件特許公報(甲第2号証)の「発明が解決しようとする課題」の項参照。

c. 「このためには、相当量の余剰空気が必要となる。一般にはバイオクリーンルームの室内加圧のために要する余剰空気は、500m3/hといわれ」ていること。

前項bの「ドア開放時」における汚染空気の侵入を防ぐことを目的としてあらかじめ(つまりドア閉鎖時において)相当量の余剰空気を付与すること、および、この相当量の余剰空気とは一般には500m3/hといわれている、ということである。

(二)前記<2>項について

前記引用例1の記載事項の<2>項に記載されている技術内容とは、次の通りである。(甲第3号証43頁左欄6~12行。なお、この項の見出しは「1.病院建築における室内圧調整の重要性」である。)

d. 「病院は複雑、多岐にわたる機能を持っていて、建物内部に汚染発生源を多く持ち、一方では同じ建物の中に高清浄度を要求される区域を持っているので、空調、換気計画を行うにあたっては建物内の圧力バランスを十分考え、汚染源からの空気が清浄域に逆流しないように注意しなければならない」こと。

この項は、その見出し(タイトル)に記載されているように、「病院建築における室内圧調整の重要性」について述べたもので、「空調、換気計画を行うにあたっては建物内の圧力バランスを十分考え、汚染源からの空気が清浄域に逆流しないように注意しなければならない」と、室内圧調整における一般的注意事項を述べたものである。

ここで、「汚染源からの空気が清浄域に逆流しないように注意」するとは、「室内圧調整」によって「正圧制御」をなしこれによって汚染空気が「逆流」しないように注意しなければならないとする意味である。なお、後にも述べるが、ここでの「逆流」とは「ドア開放時における逆流」を意味するものでないことは、文意および文脈から明らかである。

(三)「正圧制御」と「余剰空気」

ここで、後の議論の整理のために、「正圧制御」と「余剰空気」の関係を明らかにしておく。

「正圧制御」とは、二室間の「室内圧調整」に関し、前記a項で述べたように、二室の境界面に設けた差圧調整器(差圧ダンパ等)を介して両室の室内圧に差を形成し、空気の流れ(気流)を高い方、すなわち正圧室(バイオクリーンルーム)側から低い方、すなわち負圧または低圧室(隣室)側へと一方向に制御することである。両室の差圧値は差圧調整器の抵抗によって調整され、定められる。従って、この「正圧制御」は「ドア閉鎖時」における制御を意味し、「ドア開放時」における当該ドア部分における気流制御とは関係がないものである。このことは、「正圧制御」した場合にも「ドア開放時」に汚染空気の侵入を防ぐ必要があると引用例1(前記b項)に記載されていることからも明らかである。

一方、「余剰空気」とは、前記「室内圧調整」(「正圧制御」)に使用される空気のことを言う。具体的には、「正圧室へ供給される空気(給気)」から「正圧室から排出される空気(排気)」(ゼロの場合もある)を差し引いた「残り(すなわち「余剰」)の空気」を言い、前記差圧調整器を経て正圧室から負圧(低圧)室側へ流される空気である。なお、この「余剰空気」は、「ドア閉鎖時」における両室の室内圧制御のために用いられるものであるが、「ドア開放時」には該ドア部から負圧(低圧)室側へ流れ出すので、これによって負圧(低圧)室側から正圧室側へ汚染空気が侵入するのを防ぐ目的のためにも使用されることがある(前記c項参照)。

三、原判決の引用例発明1の技術内容についての判断

ところで、原判決は引用例発明1の技術内容について、次のように判示する。

(1) 判断事項一(原判決二一頁最下行~二二頁九行)

『これらの記載〔注・引用例1の前記a、b、c、dの記載〕によれば、引用例発明1は、ドアの開放時において汚染空気の侵入(逆流)を防ぐため、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要であること、ドアの開放時には同室内に対して隣室よりも相当量の余剰空気を供給する必要があることが明らかにされており、ここで相当量の空気とは、前記記載からドアの開放時においてもバイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するに必要な余剰空気量、つまり、汚染空気の侵入(逆流)を防ぐに必要な空気量であると解することができる。』

(2) 判断事項二(原判決二二頁一〇行~二三頁一行)

『そして、その空気量は、隣室との温度差、バイオクリーンルームの扉部開口面積等によって左右されることは、引用例1の「隣室との温度差が大きいと、ドアの隙間などを通して部分的に隣室空気が室内に侵入するおそれがあるので注意する。(同46頁右欄6~8行)との記載、引用例2(甲第4号証)の「この10年内に、われわれが気付いたかぎりでは、長方形開口を通る対流に関して、四つのおもな実験的および理論的研究が発表されている。流れの種類・開口面積・開口高・温度差・開口条件のようなたくさんの変数があり、どのような特殊な分析においても、これらの組み合せが考慮されよう。」(同号証113頁左欄17~22行)との記載からも明らかである。』

(3) 判断事項三(原判決二三頁二行~二三頁一〇行)

『以上の事実によれば、「クリーンルームと隣室の二室間における気流の制御方法において、ドアの開放時においても汚染空気の進入を防ぐため陽圧側に、逆流を防止し、室内の清浄度を維持するのに十分な余剰空気を付与すること」(審決書11頁6~10行)は、むしろ技術的に当然のことと認識されているとみるべきであり、その点が、「従来クリーンルームの気流の制御において普通の行われている周知技術である」(同11頁11~13行)とした、審決の認定判断に誤りはない。』

(4) 判断事項四(原判決二三頁一一行~二四頁八行)

『原告は、引用例1に記載された余剰空気量500m3/hでは、本件発明にいう「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」とはならないから、引用例発明1においては、扉部の開放時における逆流の完全防止という気流制御を行うものではない旨主張する。

しかし、審決が引用例1を引用した趣旨が、「クリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの開放時においても汚染空気の進入を防ぐ」という周知の技術思想が示されているという点にあり、本件発明にいう「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」については、引用例2に記載されているとするものであることは、その記載から明らかである。

したがって、引用例1に記載された余剰空気量500m3/hについて、原告の種々主張するところは、審決認定の引用例発明1の技術内容及び周知技術の誤りをいうことにならないことが明らかである。

取消事由1は理由がない。』

四、引用例発明1の技術内容についての原判決の誤り

右の判示に係る原判決の判断事項一ないし四には、次のように、引用例発明1の技術内容についての誤りがある。

(一) 判断事項一について

(1) この判断事項一の原判決の判断は、支離滅裂で、全く辻褄が合わない。

まず、原判決は、判断事項一の前段部分において、引用例発明1では、『ドアの開放時において汚染空気の侵入(逆流)を防ぐため、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要であること、ドアの開放時には同室内に対して隣室よりも相当量の余剰空気を供給する必要があることが明らかにされて』いるとしているが、この判示部分には、次のような誤解、曲解がある。

<1> まず、『バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持する』のは、『ドアの開放時において汚染空気の侵入(逆流)を防ぐため』ではない。(誤解)

前記したように、引用例1において、『バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持する』のは、「室内の清浄度を維持するための室内圧の制御(正圧制御)」であって、これは、二室の境界面に設けた差圧調整器(差圧ダンパ等)を介して空気の流れ(気流)をバイオクリーンルーム(正圧側)から隣室(負圧側)へ一方向に制御することを意味する。『ドアの開放時において汚染空気の侵入(逆流)を防ぐため』ではない。

<2> 加えて、この『バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持』するのは「ドアの開放時」ではなく、「ドア閉鎖時」においてである。(誤解)

<3> また、原判決は、『ドアの開放時において汚染空気の侵入(逆流)を防ぐため』と、安直に「汚染空気の侵入」と「(逆流)」とを並べているが、引用例1には「汚染空気の侵入を防ぐ」とは記載されているが、「逆流を防ぐ」とは記載されていない。(曲解)

(2) 次に、原判決は、これに続く判断事項一の後段部分において、『ここで、相当量の空気とは、前記記載からドアの開放時において、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するに必要な余剰空気量、つまり汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに十分な空気量であると解することができる』と判示しているが、この解釈も、誤解、曲解に基づくものである。

<4> まず、『相当量の空気とは、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するに必要な余剰空気量』のことではない。「バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持」し、かつ「ドア開放時に汚染空気の侵入を防ぐ」ための空気である。(誤解)

<5> 従って、『バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するに必要な余剰空気量、つまり〔注・イコール〕汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに十分な空気量』ではない。(誤解)

なお、例えば「余剰空気量」が500m3でも、1000m3でも、3000m3の場合でも「バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持する」ことができる。前記したように、差圧値は空気量ではなく差圧調整器の抵抗によって定められるからである。

<6> さらに、原判決は、『ドアの開放時において、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するに必要な余剰空気量』と言うが、『ドアの開放時において』、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するためには、莫大な、それこそ台風のような空気量を必要とし(上告人の試算によれば、「500m3/h」の数十倍から数百倍の空気量)、室内にいられない。非現実的で、非科学的な、目茶苦茶な判断である。(誤解)

<7> また、原判決は、『余剰空気量、つまり汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに十分な空気量であると解する』としているが、引用例1では、「汚染空気の浸入を防ぐ」ための「相当量の余剰空気」と記載されているのであって、「余剰空気量」が「逆流を防ぐに十分な空気量」であるとは記載されていない。(曲解)

(3) 右<1>~<7>に指摘したように、この原判決の判断事項一は、

ⅰ. 「正圧制御に必要な余剰空気(量)」と、「正圧制御し、かつ汚染空気の浸入を防ぐために必要な余剰空気(量)」との区別ができておらず、しかも、

ⅱ. 「汚染空気の浸入を防ぐための相当量の余剰空気」と、「逆流を防ぐに十分な空気量」とを混同しており、

事実(引用例1の記載事項)に基づかない、かつ技術常識を無視した、非科学的で、辻褄の合わない支離滅裂な判断をなしていると言わなければならないのである。

(二) 判断事項二について

(1) 原判決は、右判断事項一に続いて、判断事項二においても同様に誤解、曲解をしている。

原判決は、判断事項二で、『そして、その空気量〔注・ドア開放時における汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに必要な空気量〕は、隣室との温度差、バイオクリーンルームの扉部開口面積等によって左右されることは、引用例1の「隣室との温度差が大きいと、ドアの隙間などを通して部分的に隣室空気が室内に侵入するおそれがあるので注意を要する。」(同46頁右欄6~8行)との記載、引用例2(甲第4号証)の「この10年内に、われわれが気付いたかぎりでは、長方形開口を通る対流に関して、四つのおもな実験的および理論的研究が発表されている。流れの種類・開口面積・開口高・温度差・開口条件のようなたくさんの変数があり、どのような特殊な分析においても、これらの組み合せが考慮されよう。」(同号証113頁左欄17~22行)との記載からも明らかである。』としているが、引用例1および引用例2には、この「ドア開放時における汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに必要な空気量」について原判決の判示のような記載事項(事実)はない。原判決は引用例1および引用例2に記載された技術内容を明らかに誤解もしくは曲解して判断している。

(2) まず、原判決の言う引用例1の「(この場合でも)隣室との温度差が大きいと、ドアの隙間などを通して部分的に隣室空気が室内に侵入するおそれがあるので注意を要する。」(甲第3号証46頁右欄6~8行)との記載は、前記したように二室間の気流を「正圧制御」する場合(「この場合」とは「正圧制御する場合」である)において、「隣室との温度差が大きいと、ドアの隙間(つまり、ドア閉鎖時におけるドアの隙間のことである)などを通して部分的に隣室空気が室内に侵入するおそれがある」ということを言っているのであって、原判決のような「ドア開放時における汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに必要な空気量」が「隣室との温度差」によって左右されると言っているのではない。明らかな読み間違いで、辻褄が合わない。(誤解・曲解)

(3) また、原判決の言う引用例2(甲第4号証)の「この10年内に、われわれが気付いたかぎりでは、長方形開口を通る対流に関して、四つのおもな実験的および理論的研究が発表されている。流れの種類・開口面積・開口高・温度差・開口条件のようなたくさんの変数があり、どのような特殊な分析においても、これらの組み合せが考慮されよう。」(同号証113頁左欄17~22行)との記載は、その記載通りの「長方形開口を通る対流」について「流れの種類・開口面積・開口高・温度差・開口条件のようなたくさんの変数〔注・条件〕があ」ることを言っているのであって、原判決のような「(正圧制御された室の)ドア開放時における汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに必要な空気量」が隣室との間の扉部開口面積等によって左右されることを言っているのではない。(誤解・曲解)

(4) 右のように、この判断事項二においても、原判決は「正圧制御」と「ドア開放時における汚染空気の浸入(逆流)を防ぐに必要な空気量」の意味を全く正解することなく、引用例1(および2)の記載事項を誤って解釈し、その結果、技術常識を無視した、非科学的な、辻褄の合わない判断をなしているのである。

(三)判断事項三について

(1) 判断事項三で、原判決は、『以上の事実によれば、「クリーンルームと隣室の二室間における気流の制御方法において、ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に、逆流を防止し、室内の清浄度を維持するのに十分な余剰空気を付与すること」(審決書11頁6~10)は、むしろ技術的に当然のことと認識されているとみるべきであ』るとしている。

(2) しかしながら、原判決の言う『以上の事実』とは、前記したように、引用例1(および2)に記載されない、原判決の明らかな誤解および曲解に基づく誤った「事実」であるから、これをもって、『クリーンルームと隣室の二室間における気流の制御方法において、ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に、逆流を防止し、室内の清浄度を維持するのに十分な余剰空気を付与することは、むしろ技術的に当然のことと認識されているとみるべき』とすることは、明らかに理由がない。

(3) ところで、この判断事項三において原判決は、『ドアの開放時においても…逆流を防止…するのに十分な余剰空気を付与することは、むしろ技術的に当然のことと認識されているとみるべき』としているが、仮にいままで検証した原判決の多くの誤解、曲解に目をつむるとしても、ここでいきなり「逆流を防止するのに十分な余剰空気を付与する」とするのは、それ自体すら、あまりにも唐突で、脈絡がなく、論理性がない。

引用例1には「汚染空気の侵入の防止のための相当量(一般的には500m3/h)の余剰空気を付与する」旨の記載があるのであって、これをもって「逆流防止に十分な余剰空気を付与する」の意と判断することは、根拠がなく、明らかに合理的な理由がない。辻褄が合わない。また、具体的な数字「500m3/h」との関連において非科学的な判断である。

(四)判断事項四について

(1) 判断事項四は、上告人の主張に対する原判決の判断である。

この項において、原判決は、上告人の主張に対して、『しかし、審決が引用例1を引用した趣旨が、「クリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ」〔注・「逆流を防止し」が抜けている〕という周知の技術思想が示されているという点にあり、本件発明にいう「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」については、引用例2に記載されているとするものであることは、その記載から明らかである。』とし、『したがって、引用例1に記載された余剰空気量500m3/hについて、原告の種々主張するところは、審決認定の引用例発明1の技術内容及び周知技術の誤りをいうことにならないことが明らかである。』としている。

(2) しかしながら、原判決は、右に「〔注・「逆流を防止し」が抜けている〕」と脱落を指摘したように、審決の引用すら完全にできていない。審決が引用例1を引用した趣旨(なお、原判決は「趣旨」という曖昧なことばを使用しているが、正確には進歩性判断の基礎となる「公知技術の内容」である)は、「クリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの開放時においても<逆流を防止し>汚染空気の侵入を防ぐ」という周知の技術思想が示されているという点である。(なお、この点は原判決も判断事項三で認定しているのであるが…。)

そこで、上告人は、これに対して、引用例1には「陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ」ことは記載されているが、しかしながら、「逆流を防止するに十分な余剰空気を付与すること」は記載されておらないし、引用例1に記載された余剰空気量「500m3/h」では逆流防止ができないことは技術常識上明らかであるので、その旨主張し、実証しているのである。

五、引用例1に記載された引用例発明1(周知技術)の技術内容

(一)右に詳細に述べたように、引用例1に記載された引用例発明1(周知技術)であるところの二室間の気流の制御方法とは、「クリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気(一般には「500m3/h」と言われている)を付与しドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ」という技術である。

なお、「相当量の余剰空気(一般には「500m3/h」と言われている)を付与」することによって、ドアの開放時における「汚染空気の侵入」が「完全に防止」されるかどうかは、明らかにされていない。(参考までに言うと、「汚染空気の侵入を防ぐ」と言っても、従来技術との相対的な関係でそのように表現されることがあるのであって、例えば「排ガスの流出を防ぐ技術」と言っても、必ずしも「完全な流出防止」を意味するものではなく、「流出量の低減」あるいは「目標値の達成」などをもって「流出を防ぐ」と表現されることがあるのと同様である。)

(二)従って、原判決の言うような、『ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧室側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する』という技術が引用例1に記載された引用例発明1の内容また周知技術であるとすることはできない。

『汚染空気の侵入を防ぐため陽圧室側に相当量の余剰空気を付与』することと、『汚染空気の逆流を防止する』こと、つまり『逆流を防止するに十分な余剰空気を付与する』こととは、技術的に全く異なった、別個の技術手段である。

このように、原判決は、引用例1(甲第3号証)に記載された引用例発明1の技術内容および周知技術の認定判断を誤ったものである。

第三 原判決の進歩性判断の誤り

一、前記したように、引用例1に記載された引用例発明1(または周知技術)であるところの二室間の気流の制御方法とは、「クリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気(一般には「500m3/h」と言われている)を付与しドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ」技術であって、原判決の言うような、『ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧室側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する』、つまり『逆流が生じない十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する』という技術ではない。

一方において、引用例発明1(または周知技術)の「相当量の余剰空気(一般には「500m3/h」と言われている)」では、『扉部開放時において、当該扉部において生ずる気流の逆転現象(逆流)を完全に防止できるという本件発明の効果』(原判決二七頁一八~二〇行)を実現することができないことは明らかである。

とすると、原判決は、この誤った引用例発明1(または周知技術)を前提として、本件発明は引用例発明1に備えられまた従来周知技術における『余剰空気の量を、引用例2(甲第4号証)で示された中性帯で定義したものにすぎ』ないとしたものであるから、その進歩性判断は明らかに理由がないことになる。

原判決は、誤った引用例発明1(および周知技術)を前提として引用例2を適用して本件発明の進歩性を判断した結果、特許法第二九条第二項(進歩性)の解釈、適用を誤ったものである。

二、以上詳述したように、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるばかりでなく、その理由自体が明らかに合理性を欠き(技術常識を無視した、非科学的で、技術的に辻褄が合わない支離滅裂な判断であり)、判決に実質的な理由が付されず、あるいは理由不備の違法性を有するものであるから、破棄を免れないものである。

よって、上告人は、上告の趣旨通りの判決を求める次第である。

以上

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